今日は全国的に大荒れの空模様。びゅんびゅんと電線が鳴っている。窓に叩きつける霰(あられ)。
北京の冬は電線が鳴る。
電線が鳴るのを聴くと北京を思い出すとAZちゃんは言った。
とんちゃん経由で知り合ったAZちゃんが●Iの仕事をすぱっと辞め、中国語を学びに北京へ旅立った。そういう生き方があるもんだ、と驚き、そして私も旅に出るきっかけとなった出来事のひとつでもある。
1996年7月。知り合って間もないのにAZちゃんを訪ねて北京に飛んだ。
彼女から聞く話や世界がキラキラして見え、自分の「若気の無知」に勢いをつけたのだ。
留学先の友人モンゴル人のアルタイ。
同じ年なのに家族は天安門事件で殺されたという背景を持つ。世界史の出来事と現実の出来事が私の中でようやくリンクした「無知の知」。(後に彼は日本人と結婚し、奈良に住まう。AZちゃんが大阪に来た時、ご対面し朝まで騒いだ。ワイルド・モンゴリアン…今でこそ朝青龍やらで身近に感じるけれど)
万里の長城を見に行こうと駅に。「没有(めいよー=ないよ!という中国普通語)」とさんざん並んで私の番。外国人と解れば面倒くさいから窓口を閉めるのだ。すごいよ中国人。
突然現れた少女。お互いカタコトの英語。切符を買ってくれる。私のために。
ぶらぶらしていると男の子に声を掛けられる。なんぱ。筆談が始まる。
「明天走走」。
「あしたマラソンでもするのかな?」と夕食を共にしたAZちゃんに話すと、どうもデートの誘いらしかった。
真夏の中国のスイカは旨いらしい。そこら中に屋台がでて山積み。
「半分」と筆談&包丁ですぱっというジェスチャーをするのだが、通じず。丸ごと買う羽目に。半分しか食べられず、半分は臭くなった。
いわゆる中国語というカテゴリーの種類。
これは弐圓札(二元札)。モンゴル語・チベット語・アラビア語・一番手前はアルファベットだ。「にいはお」やら「謝謝」などは普通語(ぷーとんふぁ。英語ではマンダリ〜ンと言うね)。中川家が真似るニセ香港人は広東語。
大陸の奥に行けば見た目は東洋人なのに、瞳はブルーなユーラシア人種がいる。南に行けばタイの首長族のような少数民族も多々。
「中国」とひとくくりには出来ない大国。
この写真はサーフィンしてたら見つけた天安門広場の冬のひとこま。電光掲示板が私の誕生日だったので、拝借してしまいました。さりげなくアピールBE 38 YEARS OLD in 2007(えべっさんの日やでー)